【1月コラム】~本帰国して思う駐妻のキャリア形成~

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みなさま、こんにちは。

ジャカルタキャリアカフェ代表の
荻野真由美です。

今月は、私が担当させていただきます。

 

私は、2015年に

ジャカルタキャリアカフェを立ち上げました。

当時は、ニョニャ(駐妻)同士で

キャリアのことを

気軽に話せる雰囲気はなく、

本帰国後のキャリアについて、

悶々とする日々を過ごしていました。

そんな時、友達から、

「自分でキャリアについて話せる

仲間を集めてみたらどう?」

といわれ、

ブログで、

「キャリアについて話したい人いませんか?」

と投稿し、

連絡をくれた2人の方と

SenayanCityのStarbucksで

キャリアカフェがスタートしました。

 

初回は、自己紹介から始まり、

普段は話せない働きたいことへの

悩みや思いを話しました。

久しぶりに話す「働きたい」という想い。

うまく言葉にならなかったことを、

今でも鮮明に覚えています。

また話したい!

素直にそう思う気持ちが湧き上がり、

次の約束をしてその日は解散。

1ヶ月後の第2回目は4人になりました。

そして2ヶ月後は6人に、3ヶ月後には8人と、

少しずつ仲間が増えていき、

多い時には約50名が集まることもありました。

ジャカルタは、駐妻に限らず、

外国人に対する

労働ビザの取得が困難と言われています。

もちろん、そんな中でも就労ビザを取得して

働いている駐妻の方もいらっしゃいます。

ただ、やはり就労ビザの取得は、

インドネシアで働くことに対して

大きく立ちはだかる壁でした。

 

「働くことは生きること」

大学生の頃からそう思って

生きてきた私にとって、

ジャカルタ生活が始まった頃は、

自分自身を見失う暗黒期でした。

本当に苦しく辛く長い時間でした。

子供もおらず、仕事もない。

自分の価値がわからず、

自暴自棄になりました。

夫の仕事を応援したい、

家族を大切にしたい気持ちを優先して、

帯同したはずなのに、

なぜこんなことになっているのだろう…

そんな悔しさと悲しさとやるせない思いが

私を押しつぶしていきました。

 

少しずつ生活が落ち着き、

趣味の音楽やゴルフを通じて友達も増え、

ランチやお買い物を楽しむ時期もありましたが、

いつも虚しさを感じていました。

駐在生活が始まって2年が過ぎた頃、

第一子を妊娠。

子供を産み育てることに全力を注ぎましたが、

働きたい、社会とつながりたいという思いは、

ますます強くなりました。

それはインドネシアの友人たちが、

生後半年くらいの子供を預けて

社会復帰していく姿を見ていたからでしょうか。

私も子供が1歳になる頃から、

ボランティア活動に参加したり、

キャリアカフェを立ち上げたり、

JKT Nyaman PJTという音楽グループの

立ち上げ活動に身を投じました。

 

JKT Nyaman PJTの活動の様子

ジャカルタキャリアカフェのイベントの様子

ジャカルタキャリアカフェの様子

 

最初は手探りでしたが、

私は自分の立ち上げた活動に

2つの柱を立てました。

 

1つ目は、活動を自分のキャリアとし、

本帰国後に必ず繋げられるようにすること。

私は、本帰国したら、

もう一度働くと決めていました。

だから、この活動は、

本帰国後の就活に繋げることを

意識していました。

しかし、一方で、

「ボランティア活動がキャリアになるのか」

「キャリアとはなんだろうか」

ということも自問していました。

キャリアカフェ を初めてしばらく経った頃、

「キャリア」というのは、

「轍(わだち)」という意味が

あることを知りました。

それまでは、

本帰国後の心配をしてばかりいましたが、

「過去と今の自分」の先に、

未来のキャリアが続いていくのだと思いました。

未来のキャリアを信じることに

不安を覚える駐妻生活でしたが、

目の前にあることに全力で取り組めば

必ず続いていくことを信じ、

それを礎にしました。

 

2つ目は、駐妻の力をインドネシアと

日本の社会貢献に繋げ、

メンバーのキャリア形成をも目指していくこと。

社会貢献といっても、特別なことと考えず、

「母が笑顔だと子供も笑顔に、

子供が笑顔だと家庭が元気に。

家庭が元気だと、父も元気に、

父が元気だと、社会が元気に」

まずこれをモットーに、

私たち自身が笑顔でいる、

それを何よりも大切に考えました。

ジャカルタに限らず

海外で生活することは大変ですから、

まずは、

自分やメンバーの生活をお互いに尊重する。

そして、1人でも多くの駐妻が、笑顔になれば、

自然とその力が

社会につながっていくと考えました。

 

さて、私が行っていた活動は、

すべて無償のボランティア活動でした。

時には、お金としての対価が欲しいなと

思うこともありましたが、

「お金」以外の価値を

活動に見出すようにしていました。

しかしそれには、

日本で働いていた時とは異なる視点、

異なるマネジメントスキルが求められました。

リーダーとして、

お金以外の対価をメンバーと分かち合う。

仕事に対する価値観もバックグラウンドも

全く違うメンバーと

活動していくことは、

とても面白く学ぶこともあり、

かけがえのない経験を

手に入れることができました。

しかし一方で難しい一面があったことも

事実です。

私は、ボランテイア活動は、

何よりも自分の価値観と

対峙する必要があると思います。

私は

「働くことは給料をもらい、

会社に属することである」

そう思っていましたので、

特に強く感じたのかもしれません。

でも、振り返ってみると、

この「お金以外の価値」を見出す活動は、

私の価値観を大きく変え、

今後の人生に良い影響を与えると思います。

働くために生きるのか。生きるために働くのか。

何のために働くのか。

そんなこと、

会社員時代は

ゆっくりと考えたこともありませんでした。

でも、仕事の全てを手放した駐妻時間は、

自分の生き方、働く目的、

私と家族のキャリアなどを

見つめ直せたかけがえのない時間でした。

またそれは、キャリアカフェのメンバーや

JKT Nyaman PJTの

仲間のおかげだとも思います。

仲間との出会いも、ジャカルタ生活で得た

大きな財産です。

1人では思いつかないことも、

誰か一緒ならその答えが出ることを

学んだのもこの場所でした。

 

2021年3月末に本帰国して、

もうすぐ1年になろうとしています。

ジャカルタに行く前は、

正社員として働いていましたが、

今はフリーランスとして、

インドネシアに進出したい企業支援、

日本で働きたい外国人の日本語学習支援や、

キャリア支援をしています。

これらの仕事は、駐在前のキャリアに加え、

ジャカルタでの駐妻生活10年で得た

人脈や経験が元になっています。

今は、子供も小さくコロナの影響も踏まえ、

自分が一番心地よい働き方を選択しています。

そしてまた、子供が成長した後は、

私の働き方もかわっているでしょう。

 

駐妻になった頃は「私のキャリアは終わった」

と絶望していました。

でも、物事の見方を少し変え、学び、

諦めないその先には、

それまで想像もしなかったような

世界が待っていました。

駐妻の期間を、

自分のキャリアの一部とするのか、

ブランクにするのか。

結局は自分が決めることだと思います。

 

自分の人生は自分のもの。

特に、人生100年と言われる今を生きるには、

家族を優先する時期があってもいいと思います。

それを選んだ皆さんには、

ぜひご自分の選択に誇りを持ち、

ご自身の道を歩いて欲しいと思います。

そしてキャリアカフェが、

その道しるべの一つになると

いいなあと思います。

駐妻生活が、皆さんのかけがえのない

キャリア(轍)となり未来に続きますように。

 

ジャカルタキャリアカフェ代表

荻野真由美(2021年3月本帰国済み)

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